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マルスウイスキー岩井 信州蒸留所が造る味の評価と本坊酒造の歴史

「本坊マルスウイスキー岩井トラディション(Mars Whisky Iwai Tradition)750ml」は、鹿児島県鹿児島市に本社を置く総合酒類メーカー、本坊酒造(ほんぼうしゅぞう)のマルス信州蒸留所が造っているブレンデッドウイスキーです。

 

本坊酒造はもともと薩摩を代表するサツマイモ、甘藷(かんしょ)を使った焼酎に始まり、現在は梅酒、ウイスキー、ワイン、ジンの製造をしています。

 

地域の気候風土の特長を活かして、本拠地の鹿児島県内には4つの焼酎蔵と梅酒蔵、マルス津貫蒸溜所(ウイスキー)、山梨には2つのワイナリー、長野にはマルス信州蒸留所(ウイスキー)の9つの拠点をもっています。

 

komagatake 駒ヶ岳からの雲海
komagatake 駒ヶ岳からの雲海

 

今回紹介する「本坊マルスウイスキー岩井トラディション」の名称は、かつて摂津酒造(現・宝ホールディングス)の常務をしていた岩井喜一郎(いわいきいちろう)氏に由来。

 

摂津酒造はNHK「マッサン」に登場する「住吉酒造」のモデルでも知られ、命名には本坊酒造におけるウイスキーづくりの原点、リスペクトがこめられています。

 

ご存知のない方のためにニッカウヰスキーの創業者であり、「日本のウイスキーの父」と呼ばれるマッサンこと竹鶴政孝氏と本坊酒造の解説をします。

竹鶴政孝氏がスコットランドに渡ってスコッチの製造を学んだことはよく知られていますが、彼を送り出した人物こそ、岩井喜一郎氏その人なんですね。

 

竹鶴氏は大阪高工(現・大阪大学工学部)の先輩で当時、常務を務めていた岩井氏の摂津酒造へ入社。そこで岩井氏が竹鶴氏をスコットランドに派遣して、日本人として初めてウイスキー造りを学ばせることになります。

 

1920年に帰国した竹鶴政孝氏は岩井氏に実習報告書「竹鶴ノート」を渡します。その後、岩井氏は同社の顧問に就任。1960年からウイスキー部門の計画を任されて「竹鶴ノート」をもとにウイスキーを作り始めます。

 

 

ところが、第一次世界大戦後の恐慌によって経営の危機を迎え、ウイスキーの製造を断念。竹鶴氏は摂津酒造を退職し、壽屋(現・サントリー)にヘッドハンティングされていきます。

 

やがて、岩井氏は摂津酒造を退職して本坊酒造の顧問に就任。本社のある鹿児島の工場でウイスキー製造を開始します。1960年には山梨工場を建設、かつての「竹鶴ノート」が活かされることに。

 

岩井氏は夢半ばで亡くなったものの、1985年には本格的なウイスキーの熟成を求めて長野県中央アルプス駒ヶ岳山麓標高798mの地に「マルス信州蒸留所」が建設されます。

 

taketsuru 広島県竹原市にある竹鶴政孝氏の生家「竹鶴酒造」
taketsuru 広島県竹原市にある竹鶴政孝氏の生家「竹鶴酒造」

 

その後、ウイスキーの販売が低迷する時期を迎えると1992年に蒸留を停止。長期熟成したウイスキーのみを販売していたところ、これが人気を呼び、2011年に蒸留が再開されました。

 

出発から長い歴史の変転を経て人気となっている「本坊マルスウイスキー岩井トラディション」。一般的な評価は「味わい深い・まろやか・コスパ良好」というレビューが中心です。

 

今日現在のところ、最安値価格で2,200円ほど。良質なジャパニーズウイスキーとして、価格が高騰していない今のうちにお試しください。