キャンベルタウンのウイスキーの歴史・特徴・種類

キャンベルタウンのシングルモルトウイスキーの発祥とは

スコットランド・キャンベルタウンのシングルモルトウイスキーの歴史、特徴と種類について解説します。

 

「キャンベルタウン(Campbeltown)」はハイランド、スペイサイド、ローランド、アイラ 、アイランズと並んでスコッチのシングルモルトの6つの生産地のひとつとして知られています。

 

スコットランド西部アーガイル地方に属するキャンベルタウンはスコットランドの南西、キンタイア半島の先端にある都市。

 

Springbank スプリングバンク10年・15年の旧ボトル
Springbank スプリングバンク10年・15年の旧ボトル

 

キャンベルタウンの名前はこの地方の氏族だったキャンベル家にちなんでいるとされていいます。

 

キャンベル家はダイヤ模様と斜めに交差するラインのチェック柄「アーガイル・チェック」の柄でも知られ、このデザインのルーツとも言われています。

 

アイリッシュから蒸溜技術が最初に伝えられた土地?

スコットランドのウイスキーの蒸溜技術はアイルランドから伝えられたという説がありますが、スコットランドで最もアイルランドに近い場所はキャンベルタウンからすぐのキンタイア半島なんですね。

キンタイア半島は1977年にポール・マッカートニー&ウイングスが出したシングル「マル・オブ・キンタイア(Mull of Kintyre)」という曲でも知られています。

 

日本では「夢の旅人」のタイトルで発売された、ノスタルジックなバグパイプが印象的な曲。当時、この地にはポールの農場があったそうで、ポールと亡き妻のリンダさんが深く愛した土地だとか。

 

記録は残っていないようですが、もしかしたら最初にアイリッシュウイスキーの蒸留技術が伝えられた土地であったのかもしれませんね。

 

キャンベルタウンのシングルモルトウイスキーの歴史

キャンベルタウンは20世紀の初頭の最盛期には34もの蒸留所が存在して、「世界のウイスキーの首都」と呼ばれました。

 

良質で豊富な水、原料の大麦と燃料の石炭が近くで調達できたことに加えて、大西洋に向かう船舶の寄港地でもあり、北米からの航路の拠点として立地にも恵まれていたんですね。

 

しかし、20世紀初頭以降、世界第一次大戦、増税、禁酒運動、アメリカでの禁酒法(1920年から1933年)、大恐慌などの社会的要因により、事業規模を拡大していた蒸留所は原料や燃料が不足。遠方から運ぶのでコスト・アップを招くことに。

 

Argyle pattern アーガイル柄
Argyle pattern アーガイル柄

生き残ったスプリングバンク蒸留所、グレンスコシア蒸留所

また、ブレンデッドウイスキーの台頭により、人々は飲みやすく軽快なものを求め始めてスペイサイドモルトが注目されるようになります。

 

このようなさまざまな背景から、品質より量を重視した生産が増えて、禁酒法時代にはアメリカに粗悪なウイスキーを輸出。キャンベルタウンのウイスキーは敬遠されるようになり、衰退してしまいます。

 

現在では「スコットランドの陸の孤島」とまで言われるようになり、現在は存続してきた2つ、さらに2004年に復興された1つの計3箇所が残るのみとなっています。

 

その3つの蒸留所がスプリングバンク蒸留所、グレンスコシア蒸留所、ミッチェルズ・グレンガイル蒸溜所。ミッチェルズ・グレンガイル蒸溜所はスプリングバンク蒸留所のオーナーのJ&A・ミッチェル社が再興した老舗です。

キャンベルタウンモルトの特徴や種類

キャンベルタウンモルトは潮と上品な香り、ボディの複雑さ、とろりとした重みが調和しているのが特徴です。

 

キャンベルモルトの蒸留所があるのは港町付近のため、熟成の過程で海や潮の香りを多く含んださわやかで塩辛い味わいになります。風味は「ブリニー(塩辛さ)」とも表現されます。

 

ピートはほどよく抑えられていて(あえてヘビーにしている銘柄もあり)、味わい的にも地理的にもアイラモルトとハイランドモルトの中間的な特徴と言われます。

 

現在のキャンベルタウンのシングルモルトウイスキーを知るには、先述した3つの蒸留所の銘柄をおさえておけばいいのでわかりやすいです。

 

スプリングバンクで3銘柄、あとふたつの蒸留所で2銘柄、計5種類の基幹ブランド(ブランドから派生したシリーズもあります)を次の記事で紹介していきます。